十月の兎

徒然なるままの日記

尊敬を検証

自分の声に注目するようにしてから、

出てくる違和感の山。

 

そのひとつ。

「尊敬」という言葉。

 

「尊敬する」ということがよく

わからないでいた。  

 

こんなことを書こうと思ったのは、

ふと女子中学生の悩み相談を読んだのが

きっかけ。

受験の面接練習で

「尊敬する人は誰ですか?」

という質問に

「いません。」

と答えたら、先生から

「それではダメ。例えばご両親とか

はどうなの? 」

と言われ、そう答えることにしたけど

尊敬する人がいないっておかしいですか?って悩み。

 

全然、おかしくないです。

 

私のトラウマ。

小4か小5の時に文集に「尊敬する人」を書くことになった。

「尊敬」という言葉の意味はなんとなくわかっていたけど

ピンときてなかった。

 

当時の楽しみは土曜8時のお笑い番組、ドリフ。

週に一度、こんなに私をワクワクさせてくれる志村けん

「尊敬=志村けん

ピンときた‼︎ので文集には

志村けん

と書いた。

 

終業式に配られた文集を読んで、恥ずかしく過ぎて文集を

燃やしたくなった。

「ぼくたち わたしたちの尊敬する人」

には八割方が「おとうさん」「おかあさん」と書いていた。

ちびまる子ちゃんでいうアホの山田キャラ、さいとうりゅうすけでさえ

ナイチンゲール」と書いているではないか‼︎

えぇぇぇぇ!!!

いつみんな示し合わせたのだろう。

どうか私の欄だけみんな気がつきませんようにと

心から願った。

 

そして中学生になり、悩み相談の彼女と全く同じ経験をした。

先生のアドバイス通りに「両親です」と

答えたからかどうかはわからないが

面接は合格した。

 

そして、今。

あの時の志村けん以上に尊敬する人って

いないような気がしてた。

両親のことは好きだし、感謝しているけど、尊敬する人かって

言われるとなんだか違和感があった。

 

今まで出会ってきた人に対しても然り。

魅力的な人が多くて、憧れたり、大好きな人はたくさんいるけど

「尊敬」というとなんかしっくりこなかった。

 

急に上下関係を感じて仰々しいような。

 

文集事件以来、「尊敬」を何度も辞書で引いた。

”他人の人格や行為を高いものと認め、頭を下げるような、

また、ついて行きたいような気持ちになること”

 

私のパンク心にひっかかりそうな言葉。

行為に高いとか低いとかあんの?

頭なんか下げる必要あんの?

志村けんにならついて行く‼︎とかね。

でも、もうパンク心は卒業。

 

かつての後輩に、すぐ人を尊敬する女子がいた。

ワインに詳しい上司に

「部長、すごい。

   尊敬しちゃいますぅ」

パソコンの不具合をなおしてくれた

阿部君に

「阿部君、ありがとう。

    リスペクトだわー」

大袈裟な女子だと思って、好きじゃなかった。

ほんの一部を観ただけで何がリスペクトだよ!

世界中の人、皆、仏陀じゃん!ってね。

けど、10年経った今、ソレだよ!って思う。

皆、仏陀です、神ですよ。

 

すぐ人を尊敬できちゃう彼女を尊敬する。

 

言葉に囚われて、流されまいと頑なになり、

可愛くなくなっちゃうのが私の悪しき癖。

 

プカプカと気持ち良く流されたひ〜。

すごい、かっいい、最高、尊敬する、

同列で好きに使えばいい。

 

今日、尊敬した人を、明日、尊敬しなくなってもいいわけだし。

 

たった今、寒い中、バイクでハガキを届けてくれた郵便局員さん、

尊敬します‼︎

 

またひとつ、可愛くなれました。

ありがとうございます。